故郷の「たった一人の君」に開かれた『若州一滴文庫』。
「どうか、君も、この中の一冊から、何かを拾って、君の人生を切りひらいてくれたまえ。たった一人の君に開放する」…。『若州一滴文庫』は、おおい町出身の小説家である水上勉が、そんな想いを込めて1985年に開設しました。
季節の花が咲く庭園の中に、児童図書コーナーのある図書室や水上が集めた美術作品などを展示するギャラリーを設けた「本館」、水上作品に登場する人物の竹人形を展示する「竹人形館」、水上ゆかりの竹人形文楽を上演する「くるま椅子劇場」、ダムに沈むはずだった古民家を移設した「茅葺館」、憩いの場となる「六角堂」が点在しています。
「町が貧しかった時代、若い父親や母親が町の将来と子どもたちのために何かできないかと、おおい町出身の水上のもとへ相談に行きました。事情を聞いた水上が、故郷の子どもたちのために約2万冊の蔵書を寄贈し、すべて自費で建てたのがこの施設で、他の公共施設とは大きくコンセプトが異なるところです」と学芸員を務める下森弘之さんは語ります。
名称の『若州』はこの地域を表す「若狭の国」、『一滴』は幕末明治に活躍したおおい町出身の禅僧である儀山善来の「一滴の水も粗末にするな」という故事に由来するものです。
暗闇に揺らめく竹林の幽玄の美、『くるま椅子劇場』。
風にそよぐ青々とした竹林の揺らめきを、漆黒の床に映し出す「くるま椅子劇場」。ガラス越しに広がる竹林は舞台の一部として取り込まれ、幽玄かつ静寂な美しさを醸し出しています。
ここは竹人形文楽として「越前竹人形」などが上演される劇場で、年1回、「若州人形座」による竹人形文楽の定期公演が行われます。
「観劇では、借景となる奥の竹林の中から竹人形が歩いてきて、気付いたら舞台にいるというような印象的な演出も見ることができます」と語る下森さん。
水上文学と力強くしなやかな竹人形が織りなす世界は、「一度見るとやめられない」と全国から訪れるリピーターが多く、チケットの入手が困難な人気の舞台となっています。
暗闇に浮かび上がるような幻想的な舞台は、その日の風や光の差し方で竹林の映り込みの表情が変化します。自然が作り出す風景はSNSで話題となり、近年は若い女性も訪れる人気スポットになっています。
どんな人も受け入れる、水上の想いを継ぐ交流の場。
3層構造の「本館」やく「るま椅子劇場」は、すべてバリアフリーです。「本館」は階段ではなくスロープを設け、「くるま椅子劇場」は車椅子の方も演者になれる空間となっています。そこには、「障がいを持った人もゆっくり見ていってほしい」という水上の想いがあります。
「『本館』は約40年前、『くるま椅子劇場』は約35年前に完成したのですが、水上は日本にバリアフリーの考えが入る前から、障がいを持った方も社会に出て人と関わり、役割を持つことを説いていました」と下森さん。
実は、『若州一滴文庫』は2000年12月に一度閉館したことがあります。創設者の水上が故郷の経済的な環境が整ったことから「一滴文庫の役割は終わった」と考え、文庫の閉館を決めたのです。その後、この施設で本を読み育ったかつての子どもたちが「NPO法人 一滴の里」を立ち上げ、管理運営と施設を拠点とした活動を実施。水上の想いを受け継ぎ、交流の輪を広げています。
「茅葺館」は2019年にリフォームし、大広間を活用したイベントなどを開催。囲炉裏のある「六角堂」は、休憩所としてお茶やコーヒー、甘味やそばを提供する賑わいの場となっています。
「来場者は、多くが県外の方です。水上の想いが込められた建物、伝統的な職人技が息づく建築物、幽玄な竹林を映す劇場、四季の花が彩る庭園など、お越しになられる方の目的はさまざまで、その方のご興味に合わせて案内させていただいています」と、下森さんはほほ笑みました。