技術とアイディアで、ニーズを形にする越前漆器。
鯖江市河和田地区は、地域全体で分業体制を築いている全国的にも珍しい漆器の産地。木地師や塗師、蒔絵職人にはじまり、問屋や販売店に至るまで各部門のスペシャリストたちが集まっている、越前漆器の職人技の集積地です。
そんな漆器の産地で3代にわたり“塗り”を専門としてきたのが、昭和9(1934)年創業の「成実漆器店」。現在は、成実嘉宣さんが3代目として技を継いでいます。
「河和田が目指して来たのは美術工芸品としての漆器ではなく、本格的な伝統工芸の技が生きる“使っていただける漆器”づくり。お客様のニーズを形にする方法を、産地一丸となって模索しながらモノづくりに取り組んできた土地なんです」との言葉通り、食洗器や電子レンジにも対応した漆器を開発するなど、技術革新にも前向きに挑んできた産地でもあります。
近年は“モノづくりがしたい、工芸に携わりたい”と全国からの移住者が増え、賑わいを見せている河和田地区。それに伴い、“こういう漆器が欲しいんだけど…”という相談も多くなってきた、と成実さん。
「気付けば、塗師ではなく卸や小売り的な立ち位置でご相談に応えることが多くなっていました。最近はもう、お客様と職人たちを繋ぐ橋渡し役として走り回っていますね」と笑います。「この案件のこの部分はあの人なら形にしてくれるかな、この工程はあの人が適任だな…」と頭を悩ませながら、河和田の活性化に繋げようと奔走を続ける毎日です。
漆器は、日本が誇る世界最高峰のエコ商品。
『成実漆器店』では修理も多く手がけています。「漆器の特徴として、修理が可能で繰り返し使えるということが挙げられます。うちでは補修箇所を漆でコーティングし、磨きをかけて艶を出しながら、高い強度を持たせた美しい金継ぎを施しています。これだと陶器なども修理できるんですよ」と、塗り職人ならではの高度な技を見せてくれました。
実は漆器こそ今の時代に即した世界最高のエコ商品だと成実さんは言います。
「自然のものを素材とした持続可能なモノづくりで生まれて、使い込んだ物にはまた新しい命を吹き込んで蘇らせて。日本人が大切にしてきた“もったいない”という価値観を形にした商品だと思います」。
自然への敬意を忘れず、その恵みを存分に生かした漆器。直して長く使う心にまで美しさが感じられ、まさに日本らしいひと品です。
「漆器は工芸品だけあって、正直安くはありません。しかし技術の結晶ですし、修理もできて半永久的に使える点からも、それだけの価値はあると思っています。食器やカトラリーなど全てとは言いませんが、ポイントで取り入れて心豊かに過ごしていただけたら嬉しいですね」。
おもてなしに、風雅な佇まいを。
成実さんの代表作に、月の満ち欠けを艶やかに描いた5枚シリーズ「胡桃足膳 月の宴」があります。木地から脚の胡桃、塗りの漆、蒔絵の塗料に至るまで、すべて自然のものを使って自然を表現した全国漆器展受賞作です。
また福井県知事賞を受賞した「富士山盛込器揃」は、格調の高さを感じる華やかな作品。どちらも芸術性の高さに魅了される、受注生産品です。
もう少しカジュアルなものから始めたいという方には、ワイングラスがお勧め。仕上げは、木目調・螺鈿・蒔絵の3タイプがありますが、いずれも木地にハンサ(水目桜)やケヤキが使われているため、保温性が高く、口当たりも柔らかいと好評です。
新しいアイディアは、お客様からいただくことが多いと話す成実さん。「こういうのは出来ないの?とか、こんなデザインが欲しいといったご意見から学ぶことは多いです。産地や工芸品を発展させるエネルギーにもなるので、ぜひお聞かせください」と続けます。後世に技術を繋ぐのは、もはや職人の方々だけの使命ではありません。私達が“本当に良いもの”を使い、感性を磨いていくことで、伝統がまた一つ未来に繋がるのだと河和田の越前漆器は教えてくれています。