大切なものは守りながらも、大胆に進化する。
石畳の街並みが艶やかな風情を醸す、越前市武生地区の寺町通り。その一角に佇むのが『おりょうり京町 萬谷』です。「昔、武生地区には国府があり越前国の中心だったため各種職人達が集まり、寺社仏閣がひしめき、料亭文化が花開きました。今でも街並みを見ると、その心が受け継がれているのが分かりますよね」と店主の萬谷知士さん。脈々と受け継がれる文化を大切に守っている“職人”の一人です。
しかし、ただ守るだけでは時代に取り残されてしまうもの。そこで近年は、和食の味や技法をベースとしながら、ガストロノミーの考え方を取り入れた“これまでにない懐石料理”を追求しているといいます。「ガストロノミーとは食と文化の関係を考察することですが、その起源であるフランスの食文化をはじめスペインやイタリアなど多様な考え方を取り入れています」。中には進化具合に驚きを隠せないお客様もいらっしゃる、と優しく笑います。
四季をふんだんに取り入れ、季節の移ろいを感じさせながらも、従来の和食に捉われ過ぎない味わいの数々は、まさにその日その時『萬谷』でしか出合えません。古今東西の叡智が凝縮している“これまでにない懐石料理”は、感嘆を持って丁寧に感じ取りたい繊細さに満ちています。
味に深みを加えるのは、伝統と文化。
『萬谷』の夜は3種の懐石から選べますが、特に噛みしめたいのはお肉とお造り。
「天皇の料理番として名高い秋山徳蔵氏は武生地区の出身ですが、彼が好んで用いていたことを受けて当店でもジビエをご提供しています。例えば鹿肉。クセがなく、ローストビーフなどでも食べやすいと好評です。またお造りでは、魚ごとに皿を分けてお出ししています。というのも、塩やポン酢、オリーブ醤油や山葵マヨなど、それぞれの魚にあった調味料をご用意しているので、じっくり味わっていただきたいのです」という心遣いがたまりません。驚きの詰まった新しい和食に、自然と顔がほころんでしまいます。
また、五感をフル稼働させて楽しむ料理は器との調和も重要な味わいの一部。「武生地区のある丹南はものづくりの町であり、越前焼きや越前打刃物は大切な伝統工芸です。しかし昔のままでは、今の料理に合わないことも。幸い、越前焼きは作家さんによって作風が全く異なるので、和を引き立てつつも今の料理に合うような作陶をお願いしています」。
たゆまぬ進化への挑戦と伝統の継承によって、過ごす時間さえも深く価値あるものにしてくれるのです。
時代が進む。おもてなしも進む。
これまで、接待など“特別な日”の利用が多かった『萬谷』ですが、近年は個人客の利用が伸びているといいます。
その変化を受けて、「コロナ禍は、良くも悪くも転換期になりました。自分なりのこだわりをしっかり持っていらっしゃる方・食の変遷に敏感な方などのご来訪が増えたと感じています。今後はそういう方にもご満足いただけるよう、萬谷ならではのおもてなしを加味した今までとは違う形・スタイルでの食のご提案ができたらと考えています」と萬谷さん。
日々躍進を遂げる料亭の味とおもてなしが、これからの大人の愉しみに一陣の風をもたらします。