2019年、県内外から多くの人が訪れる漆器工房に。
鯖江市河和田地区にある『錦古里(きんこり)漆器店』は、兄弟二人で営む漆塗りの工房です。創業は昭和元年。漆器のなかでもお膳や重箱などの「角物(かくもの)」の製造・販売を手がけ、東京の高級料理店や老舗旅館などに卸してきました。
創業から90年以上の歴史のなかで転機となったのが2019年のこと。『錦古里漆器店』の敷地にデザイン事務所、観光案内所、伝統工芸品やオリジナル雑貨を扱うショップ、レンタサイクルなどの機能を持つ複合施設『TOURISTORE』が誕生したことをきっかけに、漆器の販売や本格的な漆塗り体験が楽しめる工房として生まれ変わったのです。
工房にお邪魔すると、大小さまざまな漆器や漆製品が並び、奥では実際に作業している様子を見学することもできます。工房の茶色の壁もすべて漆塗りだそう。休日になると県内外からさまざまな人が訪れます。
60歳を超えた今でも進化し続けている。
訪れた人に漆器や漆の魅力を伝えているのが、『錦古里漆器店』3代目の錦古里正孝(きんこり まさたか)さん。錦古里さんが手がけるのは、下地となる木地に漆を2~3回塗り重ねていく「上塗り」という工程。漆や器にわずかな塵やホコリがつかないよう、塗り出すまでの下準備に毎日2時間はかかるといいます。
塗り始めると、さらに集中力が研ぎ澄まされます。「漆は生き物なんです。気温や湿度で漆の粘さが日々変わるため、日によって刷毛を扱う感覚を変えていくことが大事」と錦古里さん。どんな漆のコンディションであっても常に一定の厚みで艶やかに塗り上げるその技術は、昨日や今日で習得できるものではありません。
「漆器職人になって50年近く経ちますが、本当に漆のことがわかってくるのは60歳超えてからですね。若い頃に比べて刷毛を操る感覚や力の抜き方が変わってきました。今でも進化し続けている手応えがある」と語ります。
塗りムラも味になる。あなただけの「漆器」作り。
漆器誕生から約1500年。時代や生活様式の変化によって、漆器は生活必需品から生活を豊かにする物へとその価値は変わってきました。普段の生活で漆器を使う機会が減り、昔ながらの漆器が売れなくなっているなか、錦古里さんは今の生活スタイルにあった新しい漆塗りを模索しています。そこで、若い世代にも漆の良さを知ってもらおうと生まれたのが「越前焼に漆を塗る」体験です。
従来の「漆器」と違い、陶器に塗ることで独特のツヤをまとい、唯一無二の作品に。多少のムラも味として楽しめると若い世代を中心に人気を集めています。今後は陶器に限らず、応相談で自分の愛着のある物に漆を塗る体験も始めたいと意欲を見せる錦古里さん。「若い世代からヒントをもらい、これからも時代に合ったものづくりをしていきたいですね」と笑顔で語っていただきました。